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光陽学院 公立高校進学教室  TEL:479-0333




 
ドロシー・ロー・ノルト著
(子どもが育つ魔法の言葉より:PHP)


詩「子は親の鏡」

けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「可愛そうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引込み思案な子になる
親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱り続けてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
褒めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
守ってあげれば子どもは強い子に育つ
分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
やさしく、思いやりを持って育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、子どもはこの世の中はいいところだと思えるようになる
 
            「子どもが育つ魔法の言葉」(ドロシー・ロー・ノルト著)より


 「子どもが育つ魔法の言葉」の「はじめに」に、この詩の生い立ちが書いてあります。抜粋してご紹介します。

詩「子は親の鏡」の生い立ち          ドロシー・ロー・ノルト
                                  
 詩「子は親の鏡」を書いたのは、1954年のことです。当時わたしは南カリフォルニアの新聞に、豊かな家庭生活についのコラムを連載していました。
 わたしには、12歳の娘と9歳の息子がいました。地域の公開講座で家庭生活に関する講義を行い、保育園で子育て教室の主任を務めていました。後に、この詩が、世界中の人々に読まれることになるとは、まったく予想だにしていませんでした。

 わたしは、詩「子は親の鏡」で、当時の親御さんたちの悩みに答えたいと思っていました。どんな親になったらいいのか、その筈えをこの詩に託したのです。50年代のアメリカでは、子どもをきびしく叱ることが親の役目だと思われていました。
子育てで大切なのは、子どもを導くことなのだと考える人はあまりいなかったのです。
子どもは親を手本として育ちます。毎日の生活での親の姿こそが、子どもに最も影響力を持つのです。わたしは、詩「子は親の鏡」で、それを表現したかったのです。

 この詩は、長い間、様々な形で人々に親しまれてきました。アポットラボラトリー支社ロスプロダクツによって、詩の短縮版が病院で配布されました。
そして、新しく親になる何百万人というお母さん、お父さんに読まれてきました。この詩はまた、10ヵ国語に翻訳されて世界中で出版されました。
そして、子育て教室や教員セミナーのカリキュラムの一部として、教会や教室で使われてきました。この詩が、親御さんたちのよき道案内となり、励ましとなってくれればとわたしは願ってきました。わたしたち親は、子育てという、人生でいちばん大切な仕事に取り組んでいるのです。「中略」

 わたしは、最終的に、この行を「親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る」と書き直しました。今の世の中では、常に正直であることは不可能でしょう。しかし、正直であることの大切さだけは、子どもに伝えなくてはならないのです。
 この本の冒頭には、詩「子は親の鏡」が掲げてあります。これは、このような経緯を経て完成した最新のものです。「中略」

 
子どもは、本当に日々親から学んでいます。そして、大人になったとき、それを人生の糧として生きていくのです。                               



   



 ロバート・フルガム著
(河出書房新社)


『人生に必要な知恵は すべて幼稚園の砂場で学んだ』 

              ロバート・フルガム(河出書房新社)

若いころからの習慣で、わたしは毎年春ごとに、わたし個人の生活信条を文章にすることにしている。すなわち、わたしの<クレド(信条集)>である。年を重ねるにつれて、わたしの<クレド>は次第に短くなった。ここ数年、わたしはこの<クレド>をやさしい言葉で1ページ以内にまとめる決まりにしている。飾らない単純な言葉にも不快含みがあるとつくづく思う。あまりにもいろいろなことを頭に詰め込みすぎると、かえって血の巡りが悪くなる。充実した人生を送るために必要なことは、すでにあらかた知っているのだということに思い至った。しかも、それはそんないむずかしいことではない。わたしにはわかっている。もうずっと前からわかっていた。なら、わたしはそのわかっているところにしたがって生きてきたが、となるとこれはまた話が別だけれども・・・。目からうろこが落ちて、わたしはこう考えた。
 人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々を送ればいいか、本当に知っていなくてはならにことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。人生の知恵は大学院と言う山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていたのである。わたしはそこで何を学んだのであろうか。

























 

何でもみんなで分け合うこと。
ずるをしないこと。
人をぶたないこと。
使ったものはかならずもとのところに戻すこと。
ちらかしたら自分で後片づけをすること。
人のものに手を出さないこと。
誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言うこと。
食事の前には手を洗うこと。
トイレに行ったらちゃんと水を流すこと。
焼きたてのクッキーと冷たいミルクは体にいい。
つりあいのとれた生活をすること ―― 毎日、少し勉強し、少し考え、少し絵を描き、歌い、踊り、遊び、そして、すこし働くこと。
毎日かならず昼寝をすること。
おもてに出るときは車に気をつけ、手をつないで、はなればなれにならないようにすること。
不思議だな、と思う気持ちを大切にすること。
発泡スチロールのカップにまいた小さな種のことを忘れないように。
種から芽が出て、根が伸びて、草花が育つ。どうしてそんなことが起きるのか、本当のところは誰も知らない。でも、人間だっておんなじだ。
金魚も、ハムスターも、二十日鼠も、発泡スチロールのカップにまいた小さな種さえも、いつかは死ぬ。人間も死から逃れることはできない。
ディックとジェーンを主人公にした子供の本で最初に覚えた言葉を思い出そう。何よりも大切な意味を持つ言葉「見てごらん」

 人間として知っていなくてはならないことはすべて、このなかに何らかの形で触れてある。この中から、どれなりと項目をひとつ取り出して、知識の進んだ大人の言葉に置き換えてみるといい。そして、それを家庭生活や、それぞれの仕事、国の行政、さらには世間一般に当てはめてみれば、きっとそのまま通用する。
これらをきちんと実行したら世界はどんなによくなるだろう。
それに、人間はいくつになっても、やはり、おもてに出たら手をつなぎあって、はなればなれにならないようにするのが一番だ。







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